アメリカと日本に見るPL法による法意識の違い(まだ手直し中)



298042 小野 亘


構成

〜プロローグ〜          p 2
〜アメリカの実態〜
 ・バカげたPL訴訟3例      p 4
 ・保険危機           p 5
 ・厳格責任理論         p 5
 ・アスベスト訴訟        p 6
〜日本の実態〜
 ・相対交渉           p 6
 ・PL方の成立とPL政策      p 6
アメリカ〜なぜPL訴訟は爆発したのか〜
 ・弁護士社会アメリカ      p 8
 ・PL訴訟と陪審員制度      p10
 ・陪審員制度以外の要因     p10
日本〜なぜ訴訟が少ないのか〜
 ・統計より           p11
 ・弁護士へのアクセス      p11
〜日本はアメリカのようになるのか〜
 ・日米比較           p12
 ・日本はアメリカのようになるのかp13
〜日米の今後について私の意見〜  p14
注、参考文献           p15


〜プロローグ〜
 少し昔のことになるが、1994年に、今や世界の常識となっている「製造物責任法」、俗 に言うPL法と呼ばれるものが日本にも誕生した。そもそもPL法というものは法律万能国家 アメリカの生んだ産物である。私もつい最近までは耳慣れなかったこの言葉を聞く機会が 増えてきているように感じられる。さてこのPLとはProduct Liability、法律の正式名称 に見たように「製造物責任」のことである。このPL法の中身を簡単に述べるとすれば、製 品によって何らかの被害を受けた消費者が、製品を製造したメーカーや流通業者の責任を 追求しやすくするものである。  では、なぜ、数多くの違いがある両国間の法文化の中で、このPL法をテーマとして取り 上げたかということであるが、その背景のひとつとして、アメリカがPL法によって乱訴時 代に突入してきたことが上げられる。アメリカが乱訴時代に突入したことは、世界でもか なり有名になったことではないだろうか。私もテレビ、新聞などをよく見るが、アメリカ のばかげた訴訟のことが、(最近はあまり見かけないが)少し前では常にテレビ、新聞で 報じられていたように記憶している。かたや日本の訴訟に関してはどうであろう。私はあ まり見かけたことがないし、見かけたとしても、せいぜい「日本初のPL訴訟」といった話 題ぐらいである。これほどまでに両極端に分かれているPL法をめぐる現状は、日本とアメ リカとの法文化の違いが最も端的に現れる部分であるように思われる。だが近年、日本は あらゆる意味で欧米化してきている。食文化、生活様式などだ。わたしはこれに加えて、 日本人の法意識までもが徐々に欧米化してきているようにも思われる。では、これから日 本も、アメリカのような行き着くところまで行き着いた乱訴社会に変わっていくのであろ うか。私はそうなるように思えない。近年、日本があらゆる意味で欧米化してきたとして も、今の現状にある両極端な法意識の違い、法制度、環境が変わらない限り、日本はアメ リカのような乱訴社会にはならないと考えるからである。本論では、このことに関して詳 しく論じていくことにする。

〜アメリカ訴訟社会の実態〜
・ばかげたPL訴訟3例
 PL法を生み出した国アメリカは今、PL訴訟の行き過ぎが大きな社会問題となっている。 この異常な訴訟社会ぶりを象徴する裁判例は、マスコミを通じてわが国にもいろいろ伝え られている。日本の社会ではちょっと想像もつかないような、まさに奇想天外としか言い ようのないケースがいくつもある。その中から3つの例を紹介してみよう。
 10代の女性がローソクにオーデコロンを振り掛けて、部屋の中に香気を漂わせようと したところ、気化したアルコールが炎上し、居合わせた友人がやけどを負ったケースでは、 オーデコロンメーカーが責任を問われた。つまり、こうした使用法〜ローソクに振り掛け ること〜はメーカーにとっては予見しえたものであり、メーカーはそうした使用をしない ように警告する義務がある、というわけだ。また、雨にぬれたペットの犬を乾かしてやろ うとオーブンに入れた結果、犬が焼け死んでしまったケースでも、やはり、そうした使用 方法をしないように警告しなかったメーカーにその責任があると断定された。そのほか、 天井から落ちてケガをした強盗が、家主に対して賠償金を請求した結果、裁判でこれが認 められたという、本来転倒もはなはなだしいバカげた実例もあるそうだ。
 以上の3つの例に見られるように、アメリカのPL訴訟の怖さは、メーカーが単に安全な 製品を作っていればよいというわけにはいかないところにある。製品そのものに何らの欠 陥がなくとも、その取扱説明書に説明不十分なところがあったり、警告が適切に表示され ていなかったりしただけで、メーカーはPL訴訟の標的にされる。だが、標的にされないた めに取扱説明書や警告に注意書きをたくさん付け足すのは非常にばかばかしいことのよう にも思われる。例えば、アメリカのはしごメーカーの製品注意書きには「お酒を飲んでか らは乗らないでください」などと書かれている。このまま行くと、アメリカの商品すべて にこうしたバカげた注意書きが無数に書かれる事態になってしまうのではなかろうか。

・保険危機
 こうしたバカげたPL訴訟は新たな問題も作り出した。それは保険危機だ。今までアメ リカの訴訟社会を支えてきた保険制度が訴訟社会によって根底からくつがえされ「保険危 機」がもたらされた。アメリカでは最近、保険会社が製造物責任(PL)保険などの更新を 拒絶したり、新たな引き受けを拒んだりするケースが増えている。このことは同時に保険 の国アメリカで保険がかけなくなることを意味している。ではなぜこのような事態になっ たのかというとあまりかではPL訴訟をはじめとする損害賠償請求訴訟うが多発し、ミリ オンアワードと称する高額の賠償額を認める判決が相次いだために、保険会社が根を上げ てしまったからである。そこでアメリカの大企業の中には、自前で保険会社を作るところ が現れた。1986年はじめ、IBM,GMなどの大企業33社が共同で3億ドルを出資してカリ ブ海のイギリス領に共同保険会社を作ったのはひとつの例だ。こうした自衛の動きはアメ リカ企業社会で急速に広がりつつある。

・PL法理
 PL訴訟の基礎のなっているものは、消費者や被害者が直接、メーカーに損害賠償を請 求する事ができるとする製造物責任の法理である。消費者は、たとえば缶詰のような食品 であれば近くのスーパーマーケットなどで購入するのが普通であろう。ところが、運悪く その缶詰に有害物質が混入されていて、病気になったとする。その損害は、誰に対して請 求したらよいのであろうか。直接の売買契約の相手はスーパーであるから、買主がそのス ーパーに対して、欠陥ある品物を売ったことによる契約責任を追及する事が、まず考えら れる。この場合、スーパーといえば、複雑な製造過程を経て作られるであろうその缶詰の 品質、成分についてほとんど専門的知識を持っているわけではない。また、メーカーに比 べるとはるかに小さい企業であったり、個人商店であることも多い。そこで、被害者救済、 消費者保護という観点から、直接契約関係のないメーカーに対し責任を追及することので きる「厳格責任」という考え方が、1960年代のアメリカで提唱されることになった。

・厳格責任理論
 前文のばかばかしい訴訟がどうして成立するのか。それが成立するのはアメリカのPL 法のもとに厳格責任理論があるからである。さて厳格責任理論のことをわかりやすくする ように例を出して述べてみる。日曜大工をしていたグリーンマン婦人が、作業中にはねた 木片が頭にあたりケガをしたので、工具のメーカーに訴えを起こした。この事件において 裁判所は、欠陥のある製品を市場に流した結果このようなことが起きた。よって製造者は 責任を負うべきであると判決したのである。それまでのアメリカ法の考え方によれば、製 品事故の被害者がメーカーを訴えるにはメーカーの過失が問題とされてきたが、例の事件 では過失に加えて欠陥を要件として新しい理論が出来上がったのである。そしてこの新し い理論の事をアメリカでは厳格責任と呼んでいる。この後1965年アメリカ法律協会が採 択した不法不法行為法リテイトメント第2版第402条Aは例で示した厳格責任の立場に属 するものであった。それはこう規定する。           
  <ユーザーおよび消費者の蒙った有形損害に対する製造物販売者の特別責任>
(1)ユーザーまたは消費者、もしくはそれらの者の財産にとって不合理に危険な欠陥状 態にある製造物を販売したものは、次の各号に掲げる用件をいずれも満足する場合におい て、当該製造物が最終消費者もしくはそれらの者の財産に与えた有形損害について責任を 負うものとする。
・販売業者が当該製造物の販売を業とすること
・当該製造物が、販売時の状態のまま実質的な変更を加えられることなく、ユーザーまた は消費者に到達することが予期され、もしくは現に到達したこと
(2)本条(1)項の規定は、次の各号に掲げられる用件をいずれも満足する場合において も、これを適用する。
・販売者が、当該製造物の調整および販売に関し、可能なすべての注意を尽くしたこと
・ユーザーまたは消費者が、当該販売者から当該製造物を購入したのではなく、また当該 販売者と何らの契約関係をも有していないことと、このままではわかりにくいと思うので 例をあげるとA社が製造した食品の中に水銀が入っていたとする。過失の場合だとこれは 予想できることではなく、防ぎようもなかったことになる。下手すれば過失がなかったと ゆうことにもなりかねない。しかし、欠陥の場合であるとA社が製造した食品の中に水銀 が入っていたのはおかしいことでこの結果は否定しようがない。よって欠陥があるという ことになってしまうのである。
 過失と欠陥を比較してみれば明らかに被害者側からしてみれば欠陥のほうが攻めやすい ことがわかる。最もリステイトメントは法ではない。リステイトメント(注1)という言 葉は、判例が樹立したルールを再述することを示している。つまり、リステイトメントは 判例の流れをルール化したものにしかすぎない。しかし裁判の現場においては、実際上裁 判官の指針として重要な役割を果たしている。事実、65年以降、厳格責任の考え方は多 くの裁判官が採用することになったのである。
   
・アスベスト訴訟
 アメリカの訴訟において最も数が多く最も有名な訴訟のことを述べておこう。アスベス ト、日本語では石綿という。直径0.02〜0.2ミクロンの鉱物性繊維である。アスベストは 断熱性、絶縁性、吸湿性に優れて加工もしやすいので建築資材、電気製品、自動車部品な どに幅広く使われてきた。しかし1960年代アメリカであらベストの繊維を吸い込むとこ れが肺に突き刺さり、肺がんを引き起こすことが指摘された。研究報道によればアスベス トに毎日のように接していた場合の肺がんの発生率は通常の7〜8倍、これに喫煙を伴う と約50倍になるというものだった。そして問題はアスベストの粉塵の発生源が人の生活 する上で非常に広範囲にわたっていることであった。またアスベストは人体とくに成長過 程の子供の体に特に影響するということがわかった。これに対してEDA(注2)がかつて に行った調査によれば、全倍で1500万人の子供と140万人の労働者が、アスベストを使 用した建物において学び、あるいは働いているとされた。その後EDAは1986年にアスベ ストの部分的使用禁止に踏み切り、10年後には前面使用禁止にすることに決定した。  
 一方、訴訟社会アメリカは、アスベスト問題をおびただしい数への訴訟ラッシュへと変 えていった。EDAの前記規則では、アスベストを全面的に撤去するまでは要求しなかった。 それは費用がかかりすぎるからである。そこで学校や会社は、アスベストを取り除くため の費用を損害として(一部は懲罰賠償額の請求も加えて)自らアスベストメーカーに対し て訴えを起こした。特に1973年メーカーが製造物責任(PL)を認めてからは、PL訴訟が 洪水のようになってアスベストメーカーに襲いかかった。そして、連邦裁判所の統計によ ると、PL訴訟の数は1975年から85年の間に370パーセントも増加を示しており、最近 の2年間ではそのうちの3分の1をアスベスト訴訟が占めるという。ちなみに、1985年1 年間に提起されたPL訴訟の件数は、1万3554件である。最近でも毎月700件の割合で、 新たなアスベスト訴訟が提起されており、今後の30年間では、最終的に20万件に達する だろうとの予測もあるようだ。アスベスト訴訟における原告の勝訴率は、8割近くに達し ており、勝訴判決の金額は、平均70万2000ドルとなっている。

〜日本の実態〜
・相対交渉            
 日本で、戦後50年間でPL訴訟の判決にいたったものはなんと150件程度しかない。こ の150件程度に関してはPLに関するトラブル自体が150件程度しかないということを意 味しているわけではない。実際、(注3)国民生活センターが収集した危害情報、危険情 報は、1992年で4万3154件にもなっている。こののかには消費者のご使用によるもの、 責任の所在が不明なものも含まれているが、訴訟の数150件との開きはかなり大きい。ま た、食中毒に関するPL事故の典型ともいえる食中毒に着眼してみると、判決にいたった 食中毒に関する訴訟は戦後のトータルで6件に過ぎないのに対し、実際には毎年100件以 上の事故があり、死者も毎年発生している。こうしたような事故の数々はどこで処理して いるのであろうか。それは、各企業が設けている消費者窓口や行政が主体となっている(注 4)消費者センターなどで処理している。
                
・PL法の成立とPL政策
日本では消費者が製品事故に巻き込まれた場合、日本のこれまでにおいては、そのほんの 一部が訴訟に流れ、多くは場合によっては保険会社を間にはさみながら企業との相対交渉 にゆだねられ、また、行政が主導する消費者センター、国民生活センター、(注5)マー ク付賠償制度など補償の制度によっても解決が図られてきたといえる。
 なぜこのような日本でもPL法を作ることになったのか。それは1990年代前半から世界 の国々がPL法を次々と制定し始めたからである。この状況の中で日本にPL法がないとい うことになると、日本では消費者を軽視しているような誤解を与えやすく、ジャパンパッ シングの材料にもされかねない。そこで日本にもPL法を制定する必要性が生じてきたの である。この法案は大変骨抜きなものといわれている。それもそのはずわずか条文が6条 にしかすぎないのである。ではそれを紹介してみよう。
 (目的)
第一条 この法律は、製造物の欠陥により人の命、身体または財産にかかる被害が生じた 場合における背像業者等の損害賠償の責任について定めることにより、被害者の保護を図 り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
 (定義)
第二条 この法律において「製造物」とは、製造または加工された動産を言う。 2 この法律において「欠陥」とは、当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、 その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物にかかる事情を考慮し て、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。
3 この法律において「製造業社等」とは、次のいずれかに該当するものを言う。
一 当該製造物を業として製造、加工または輸入したもの(以下単に「製造業者」という。)
二 自ら当該製造物の製造業者として当該製造物にその氏名、照合、商標そのほかの表示 (以下「氏名等の表示」という。)をしたものまたは当該製造物にその製造業者と誤認さ せるような氏名等の表示をしたもの
三 前号に掲げるもののほか、当該製造物の製造、加工、輸入または販売にかかる形態そ のほかの事情から見て、当該製造物にその実質的な製造業者と認めることができる氏名等 の表示をしたもの
(製造物責任)
第三条 製造業者等は、その製造、加工、輸入または前条第三項第二項もしくは第三号の 氏名等の表示をした製造物であって、その引き渡したものの欠陥により他人の生命、身体 または財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、 その損害が当該製造物についてのみ生じたときは、この限りではない。
(免責事由)
第四条 前条の場合において、製造業者等は、次の各号にかかげり事項を証明したときは、 同条に規定する賠償の責めに任じない。
一 当該製造物をその製造業者等が引き渡したときにおける科学または技術に関する知見 によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識する事ができなかったこと。
二 当該製造物が他の製造物の部品または原材料として使用された場合において、その欠 陥がもっぱら当該ほかの製造物の製造業者が行った設計に関する指示に従ったことにより 生じ、かつ、その欠陥が生じたことにつき過失がないこと。
(期間の制限)
第五条 第三条に規定する損が賠償の請求権は、被害者またはその法定代理人が損害およ び賠償義務者を知ったときから三年間行わないときは、時効によって消滅する。その製造 業者とうがとうが製造物を引き渡したときから十年を経過したときも、同様とする。
2 前項後段の期間は、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損 害または一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害については、その損害が生じた ときから起算する。
(民法の適用)
第六条 製造物の欠陥による製造業者等の損害賠償の責任については、この法律の規定に よるほか、民法(明治二十九年法律第八十九号)のきていによる。
 この法案は、長年の産業界の反対を押さえてこぎつけただけに、「企業より」との批判 が強い。@.被害があれば欠陥があったとみなして賠償義務を負わせる「推定規定」の見 送り、A.製造業者の情報開示に触れていないなどだ。さらに賠償責任が生じる「欠陥」 の認定についても、厳密な定義を避け、事実上裁判所の判断にゆだねた。「消費者が訴訟 を起こす道を狭めないため」と説明しているが、製品に関する情報をメーカーが独占して いる中で、被害者が「欠陥」を証明するのは、実際問題として困難という指摘が多い。

 いままで述べてきた両国のPL法の実態をまとめてみよう。厳格責任という消費者保護 を掲げたがそれが仇になり爆発的な訴訟を招き、そしてそれが保険危機をまねき経済的コ ストがあがってしまったアメリカ。対照的にPL法が骨抜きなせいか代替的紛争処理法ADR が発達してきた日本。
 この2つの国がどのように影響しあっているのか。という答えを見つけるためにまず「な ぜアメリカは訴訟が爆発したのか」ということと「なぜ日本は訴訟が少ないのか」という ことを統計、法制度、弁護士、周りの環境、そしてそれ以外の要因などを比べて、導き出 していこうと思う。

アメリカ 〜なぜPL訴訟は爆発したのか〜
・弁護士社会アメリカ
爆発と表現されるほどに激増したアメリカのPL訴訟。その爆発をもたらした一つの要因 は、厳格責任という被害者側には攻めやすい理屈が登場したことであり、もうひとつはア スベスト問題の発生であった。しかしより根本的な要因は原告側弁護士と呼ばれる弁護し たちの存在である。彼らの多くは成功報酬制という手数料のとりかたをしている。つまり、 顧客からは一切お金はよらず、その代わり勝訴した場合には相手から勝ち取った額の3〜 5割を受け取ることにしている。他方、企業側の弁護士はタイムチャージ制で1時間150 〜500ドルくらいの報酬を請求する。多額の賠償金を勝ち取れば原告側弁護士のほうが報 酬は多い。また、彼らのうちの少なからる人は、テレビCMも流している。「事故で困って いる人は私が助けます」といった内容のことを言って、法律事務所の電話番号が示される。 アメリカには難民や祖国を捨ててきた人や出稼ぎの人など、貧しい階級の人も多い。テレ ビを見ているとCMが流れ、無料で訴訟をやってくれるとなれば「ひとつ訴訟でもやって 金を取るか」という気になっても不思議はない。
 アメリカは弁護士の数が多い。現在約90万人の弁護士がいる。これは日本の弁護し吸 う約1満5000人の60倍にあたり、世界の弁護士数の約3分の2を占める。アメリカでは、 大学を卒業した後ロースクールを卒業し、司法試験を受験して合格すると弁護士資格が取 れる。司法試験は絶対試験で一定の基準を満たすと何人でも合格しうる。日本では、司法 試験合格後2年間司法研修所において研修を行った後に弁護士になるというシステムを取 っているので、司法研修所のキャパテイなどの制約おあり、司法試験の合格者数も現在700 人程度に押さえられている。アメリカではこうした制約はないので、ロースクールが増え ると受験者数が増え、合格者が増えるという図式が描かれてきた。試験の合格率も、ニュ ーヨーク州やカリフォルニア州などの難しい州(約50パーセント)を除けば80パーセン トくらいで、日本の医師試験と同じ位の合格率にあがっている。つまり、日本で医学部に 卒業生がほぼ全員医者になるのと同様、アメリカではロースクールの卒業生がほぼ全員 弁護士になるといえる。このような数の多さは弁護士の細分化をもたらす。その文化は いい意味での被害者のための弁護士、悪い意味での(注6)アンビュラスチェイサーを 生み出したといえよう。

・PL訴訟と陪審員制度
 陪審制度はごく普通の人に司法の一翼を担わせるもので、草の根民主主義の実現として 理念的には高く評価するものがある。陪審員となるための要件は、アメリカ国民であるこ と、その地域に1年以上居住していること、18歳以上であること、普通に読み書きがで きること、精神的にも肉体的にもこの仕事に絶えられること、1年以上の刑罰に問われた ものやそうゆう事件が係属中のものでないことである。このような資格を満たすと思われ るものを選挙人名簿、課税台帳、電話帳などから無作為に選び出し、裁判所への出頭を依 頼する。裁判所へ出頭した人々はまたランダムに各法廷に回される。ここまでのてつずき はまったく無作為で平等、かつ民主的である。各法廷に回った人々の中から、州裁判所で あれば12人、連邦裁判所であれば6人の陪審員を選び出す。まず事件や事件の当事者と 特別な関係にある人は除かれる。さらにその後、原告側、被告側とも質問を行った上で3 人の陪審員予定者の交換を要求できる。交換を要求するのに理由はいらない。「そのひと はいやだから代えてほしい」というだけで代えることができる。この理由を要しない忌避 の手続は、あたかも自分に不利なトランプのカードを代えるようなもので、訴訟戦略とい う観点からはきわめて重要な意味を有する。そこで最近心理学者らが会社を作り、こうし た対陪審戦略を伝授するためのコンサルテイングを行うビジネスが拡大している。
 陪審員の選任はまったく無作為に行われることは前文でも説明した。しかし仕事に忙し い人は陪審員を引き受けたがらない。するとおのずから、時間に余裕のある人、主婦、老 人、失業者が多くなる。彼らはまことに熱心にその業務に取り組んでいる。しかし、法的 素養が少ないこともあって情に流されやすい。原告が重症だとか死亡したというケースは どうしても被害者有利に傾きがちである。そしてこの特性も訴訟戦略に利用されるのであ る。さらにお金での買収もある。ある裁判では陪審員が受け取る手当てが1日40ドルだ ったのが途中から50ドルになったという話もある。
 このように草の根民主主義を見事に具現化した陪審制度は、PL訴訟の爆発という意外 な結末をもたらした。

・陪審制度以外の要因
 ここでは司法政策のことで特に重要な2つのことを述べておこう。
 ひとつは裁判所に払う手数料のことである。日本では手数料は請求額に比例するので、 1億円の賠償請求をすると約40万円の手数料を裁判所に払わなければならない(最も勝 訴すれば敗れた相手方からとれる)。しかし、アメリカでは一律で大体100ドルである。 これは、そうしないと金持ちしか裁判所を利用できなくなってしまうという配慮による。 成功報酬制の下ではこの費用は原告弁護士が立て替えることになるが、100ドルくらいな らたいしたことはない。
 もうひとつが訴状である。日本でもアメリカでも、訴えを提起するには訴状を裁判所に 提出することを要するが、その簡便さには大きな差がある。日本の場合、訴状に必ず記載 すべき事項が民事訴訟で定まっているほか(224条)、人の特定の仕方や割印の押し方な ど一般人には秘伝とも思えるような決まりも会って、裁判所の窓口で訴状をつき返される ことも少なくない。アメリカの場合には訴状は簡便なものでよく、人身事故ケースなどに 関しては訴状や準備書面のフォーマットが市販されていて、フォーマットのブランクを埋 めればそれで訴状や準備書面が出来上がるようになっている。

日本 〜なぜ訴訟が少ないのか〜
・統計より
 日本でPL訴訟で判決にいたったものは前にも述べたが驚くべきことに150件しかない。 通常の訴訟では、100件のうち判決にまで到達するものは44件で、三割強が和解にいり 終了している。訴えたものの、途中で和解したケースが同数くらい存在すると仮定しても、 PL訴訟は300件程度で、戦後50年でこの程度の件数はかなり少ない。
 ではなぜ、理論上可能な手段が現実に行使されなかったのか。通産省が行ったアンケー ト結果によると、PL訴訟を嫌う理由として挙げられたのは、@時間がかかりすぎる(約40 パーセント)A原告(消費者側)の立証責任が重い(約20パーセント)B費用がかかり すぎる(約15パーセント)Cてつずきが複雑で面倒だ(約15パーセント)となっている。
 消費者が最大の問題点と見ている訴訟時間は、1990年の司法統計年俸によると、民事 訴訟全体でも、半年いないで終わる事件は約36パーセント、6ヶ月以上1年以内に終わ る事件は約19パーセントにとどまっている。つまり、1年以上かかる訴訟が半数近くに 存在することになる。PL訴訟に限ると、訴訟終了までの時間はさらに長く、平均で4年8 ヶ月もかかっている。このことが、訴訟による解決を妨げている。また多額の費用がかか ることも、消費者わ訴訟から遠ざける理由の一つになっている。標準的な訴訟費用を例を あげて計算すると、3000万円のPL訴訟を起し、1000万円を勝ち取った場合、約280万円 かかることになる。内訳は、訴えを起こすために裁判所に14万円弁護士費用が着手金と して180万円報酬が85万円、1000万円得したとしても、およそ3割がコストとして消え る。このような状態では苦労の割りに報われないと思われるのも仕方のないことだ。

・弁護士へのアクセス
 PL訴訟の少なさの原因として弁護士の少なさがあげられる。そして、その少なさが弁 護士へのアクセスを遠ざけているのである。さらにもうひとつあってそれは弁護士広告の ことである。この2つのことを詳しく述べて行こう。
 前にも述べたが、日本の弁護士は1万5000人、それに対してアメリカの弁護士は90万 人、アメリカは日本の60倍にあたる。これも前に述べたが司法試験の合格者が日本はた った700人であること。が、その前はもっと少なく500人であった。しかし、200人増え たところでそう大きな変化は望めないところである。 次に弁護士広告のことであるが、 日本弁護士会が定めるところによれば弁護士広告は原則として禁じられている。その根拠 は、弁護士業務は商売ではなく、その品位を落とすからだとしている。このことによって 消費者は、ますますどこにどういう弁護士がいるかということがわからない状況に立たさ れてしまうのである。
 日本では、報酬の請求がくるまで依頼者が報酬をいくら払うのか知らないということも 少なくないらしい。その理由もやはり、弁護士へのアクセスの点が大きく絡んでいること と、裁判所など法を利用する機関がアメリカの陪審員制度のようなシステムもないためよ り法律、弁護士から離れているように考えられる。

〜日本はアメリカのようになるのか〜
・日米比較
 さて今まで述べてきたアメリカの実態、日本の実態、なぜアメリカは訴訟が爆発したの か、なぜ日本は訴訟が少ないのかをまとめて比較していきたいと思う。
 まずは法律のことからだが、アメリカのPL法の基礎になっているものは厳格責任であ る。この厳格責任は過失に加えて欠陥ということも含んでいる。この過失と欠陥の違いと いうのは過失の場合だとその結果を予想することができなかったと製造者に逃げ道がある のだが欠陥の場合では結果がすべてなので逃げることもできずに製造者は受身にまわらさ れてしまうことだ。そのため消費者がより企業を攻めやすくなったことは容易にわかる。 かたや日本のほうは、わずか6条しかない骨抜き法案である。欠陥の定義も「人が当然に 期待する安全性を備えないため」という消費者の角度からの定義を見送りにしてしまった こと。ほかに被害があれば欠陥とみなして賠償義務を負わせる「推定規定」、製造業者の 情報開示がないことだ。そうなると製品の「欠陥」が原因で被害が出れば製造業者は「過 失」がなくても賠償責任を負う、としても被害者側が「欠陥」を証明する負担が重くなり かねず、被害者救済の道筋は不透明であること。このことによって日本のPL法はかなり 企業よりである。
 次に弁護士のことについてである。弁護士の数に比べても日本は1万5000人、アメリ カは90万人と日本の60倍にあたる。この60倍という数の差からいろいろな違いが見ら れる。
 アメリカではその弁護士の数の多さゆえに、弁護士の仕事の細分化がおこなわれている。 それによって訴訟のしやすさが格段に違ってくる。日本では逆に手間が大変かかってしま う。
 さらに弁護士へのアクセスのことだが、アメリカでは数が多いため消費者にとっては自 分の周りに弁護士の知り合いがいるという人も少なくないはずである。さらに弁護士広告 の解禁により弁護士のCMまで流れているので、どこにどういう弁護士がいるというのも 非常にわかりやすい。しかし日本は弁護士が少ないため知り合いに弁護士がいるというこ とはあまり耳にしたことがないし、弁護士広告も品位が落ちるということで禁止している。 こうなってくるとアメリカとは対照的にどこにどういう弁護士がいるかわからない。とい うことになり、ますます弁護士から距離が離れてしまう。
 この違いの原因は弁護士の数の差によって生み出されたが、この数の差はなにが原因だ ったのか。
 それは司法試験の違いである。アメリカは絶対試験で一定の基準を満たすと何人でも合 格できる。それに対し日本は司法試験後2年間、司法研修所において研修を行わないと弁 護士になれない。なれる人数もたった700人にしか過ぎない。このことから、試験の合格 率もアメリカのほうが高いことがわかる。そして両国間に差が生じてくるのだ。これが数 の違う原因である。
 次に弁護士報酬の違いについて述べよう。アメリカでは訴訟を起こす際に弁護士に払う 着手金がいらない。しかし、勝訴したときに成功報酬として勝ち取った額の3〜5割を受 け取ることになっている。よって弁護士への依頼費用がただなら、そして運良く勝訴した らという考えで訴訟をすることも少なくない。よって前文で述べたようなばかばかしい訴 訟がでてくるのである。それに対し日本は着手金+報酬という立場をとっている。だから アメリカのように紛争がおきたらまず訴訟というわけにはいかないのである。
 次に陪審員制度のことについて述べよう。これは日本では行われていない制度である。 アメリカではPL訴訟に大きく影響している。なぜなら陪審員が訴訟戦略として使われる からである。その中身はお金による買収、法的素養が少ない人々は判決が情に傾きがちな 特性を利用、心理学者たちによる対陪審戦略のことなどである。しかし陪審員制度は、裁 判所と消費者の関係を身近なものにしていることにもなる。が、訴訟戦略として使われる 陪審員制度はアメリカの訴訟を確実に増やしている。
 最後に裁判所への手数料のことと、訴状のことを話しておきたい。
 アメリカでは裁判所に、支払う手数料は100ドルくらいになっている。そうしないと金 持ちしか利用できないという配慮によるものだ。また、成功報酬制の下では原告側弁護士 が立て替えてくれる。よって100ドルくらいなら対したことはないということになってく る。日本では手数料が請求額に比例するので、請求額が高い訴訟を起こす場合に問題にな ってくる。請求額が低い場合でも弁護士費用などで、結局損をしてしまうことになるので ある。
 訴状のことについてだが、両国の訴状の簡便さにはたいへん差がある。日本では訴状に 必ず記載するべき事項が法によって決められており、そのほかに人の特定の仕方や割印の 押し方なども決められている。このことは消費者にとってはわかるはずもなく、裁判所の 窓口で訴状をつき返されるのも少なくない。かたやアメリカは、訴状は簡便なものでよく、 市販されている書面に書き込むだけでよい。この簡便さの差も訴訟の数に影響しているの である。

・日本はアメリカのようになるのか。
 日米比較で判明してきたことは、アメリカのような乱訴社会になるには、厳格責任がも とにあるPL法と弁護士の数、法制度が大きく作用していて、その大きい3つの要因がほ かのいろいろな要因に作用していることが判明した。日本にこの3つの要因を照らし合わ せてみるとかなり対照的な結果が得られた。
 過失と欠陥を両方をたて、消費者が有利に立っているアメリカ、欠陥に対しあいまいな 立場をとり企業が有利に立ってしまった日本。弁護士のことでも人数の差が非常に異なる ことによって訴訟のしやすさ、弁護士へのアクセスなど非常に差が出てきた。法制度のこ とでも金額やその支払方法で、日本の消費者は弱い立場に立たされている。
 以上の点で、今後日本で改正があり消費者有利に傾かない限り、日本はアメリカのよう な訴訟社会にはならないのである。
                 
〜日米の今後について私の意見〜 
 日米のPL訴訟のことを詳しく調べて感じさせられたのは、我々日本の消費者が訴訟と いう手段をかなり押さえられていたことと、アメリカの乱訴社会が予想を上回るほど進行 していたことだ。
 日本のことについて言わせてもらえれば、企業の情報の開示を奨励し、「欠陥」のこと もあいまいにしない新しい法案の制定を急いでもらいたいと私は思う。また、弁護士への アクセスの問題も弁護士広告の解禁などをして消費者と弁護士の距離を近けていけばいい と私は思う。そうすれば日本は、企業と消費者が対等の立場に立てるのではないか。と私 は思う。
 アメリカは消費者が有利過ぎて訴訟が爆発してしまった。これを押さえるためには裁判 所以外での紛争を処理するシステムが必要だ。日本のように消費者センター、消費者窓口、 国民生活センターなどのような機関をもっと増やすべきだ。と私は感じる。
 今後、これらのことを頭に入れつつ日米のPL法のことを見ていきたいと思っている。


 注
注1 re=再び、statement=述べるという言葉は判例が樹立したルールを再述する ことを示す
注2 アメリカ環境保護局
注3 経済企画庁を監督省庁として設立されたもの
注4 地方公共団体主体で、現在では各都道府県129ヶ所、政令指定都市17ヶ所、 そのほかの他の市・特別区に149ヶ所、町村に8ヶ所設置されている。
注5 主にSGマーク、BLマークを指す。SGマークは特別認可法人安全協会よるプロ グラムで、このマークのついた製品から事故が生じたとき賠償金が支払われることを示 す。BLマークは財団法人ベターリビングのプログラムで主に住宅用品を対象とする。プ ログラムの内容はSGマークと同様もの
注6事件のあるところにいき被害者に自ら訴訟の交渉をし、訴える事件屋弁護士。

 参考文献
早川武夫著    『アメリカ法の最前線』『続アメリカ法の最前線』 日本評論社
林田学著     『PL法新時代』 中公新書
喜多村治雄著   『PL法こう考えよう』 ダイヤモンド社
小林秀之著    『製造物責任訴訟』 弘文堂
日本経済新聞社編 『PLの衝撃』 日本経済新聞社
長谷川俊明著   『訴訟社会アメリカ』 中公新書