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■岡崎京子「水の中の小さな太陽」
『エンド・オブ・ザ・ワールド』所収、祥伝社、1994年

●登場人物
1.ミーナは本編の主人公
ある状況に直面している
2.ユーヤはミーナほど問題に直面していない
半端な落ち方
サヤカによって日常に帰還する
3.サヤカはいわゆるある種の健康さ、健全さを備えた存在として
  描かれている
日常の中で自分を見つける
バイトをしてお金を貯める
倫理の成立
約束を守る
人間関係への一種の信頼(古典的な信頼イメージを予期)
他者への働きかけ、思いやり、心を痛めること

●ミーナの置かれている状況
1.日常のリアリティの喪失
日常が、その中で努力して自分をみつけていくような
「意味のある場所」ではなくなっている
・サヤカ「あたしとミーナはぜんぜん違う場所に いっちゃってる」
しらじらしく欺瞞に満ちた世界
・ミーナの125頁のモノローグ
存在感がない、膜がはさまったような、まとまりのつかない
・ミーナ「きっと あたしは 夢 を 見て いるんだ (と 思う)」

2.強烈な倦怠感
無意味な日常がわけもわからずに続いていく感覚
・ミーナ「何も私に起こりえない...異常な倦怠」

3.人間関係の不可能性、コミュニケーションの不全
世界の自分への無関心
・ミーナ「その時あたしは死にかけてた...インストの 渚のハイカラ人魚が流れていた」
自分の人間への不信、連絡の不能
・ミーナ「12年間一緒だったやつらとやぁ〜っと オサラバ」
・ミーナ「堂島先生は好きな先生だった...あたしは 堂島先生がだいきらいになった」
・ミーナ「ユーヤなんてどうでもいい」
絶対的な孤独感
・ミーナ「いつだってひとりだった」
ほとんど唯一の(日常への)絆としてのサヤカ
・ミーナ「怖いのはユーヤのことでサヤカがあたしから 離れてしまうこと。あたしよりユーヤのことを好きになってしまうこと」
サヤカとユーヤの結びつき>暴走・自損への最終的な歯止めの なさ
・ミーナ「サヤカやっちゃったら」

4.枠組みの解体、倫理の不成立
日常の秩序はあるが、それは自分とは関係のないものとして
・ミーナ「なんという秩序」
タガの喪失、規範の喪失、枠組みの解体
・ミーナ「しりめつれつな」
他者を傷つけることに対する感覚の鈍磨
様々な人間的事象を計算可能な記号に数量化する。計算高さ
・サヤカへの約束破り
 ミーナ「パールのネックレス買ってあげるから」
・堂島への同情の不在
 ミーナ「バーカ、ケツなめられて情うつったの」
・恐喝による成績確保

5.刺激を求め、自損衝動
駆り立てられるように、走っていく
・テレクラで知り合ったオヤジとのSMプレイ
・トイレでの喫煙
・ドラッグ
・恐喝と強姦
・ミーナ「刺激...奇跡のような...」
・ユーヤとの「相手を憎むような攻撃的なセックス」
自分でその危険さを予感しているからいらつき、不安、焦燥
・ミーナ「不安」
・殺伐とした感情状態

6.コントロールの不能、欲望の暴走
行動規範、行動原理が不在なので、
「アナーキーな感覚と欲望の無際限な肯定」以外にあり様がない
・ミーナ「誰かあたしをとめて」
サヤカによるユーヤの救済(日常へ帰還)とともに訪れる
ミーナの悲劇的結末

●ミーナを「弱い・ダメな・逃避する人間」として、 納得してしまってよいか
1.問:なぜ岡崎京子が共感を集めるのか
『Pink』『リバーズ・エッジ』に対する圧倒的支持

2.仮説:むしろそうした「現実と向き合え」という掛け声が、そもそも
  力を失ってしまっているような状態、あるいは、人間(関係)や愛の
  不可能性がきわだってしまっている状態こそが描かれていないか?
> だとすれば、単にミーナにそれを求めるだけでは、 この作品が持つ意味が見失われてしまうのではないか?

3−1.展開1:ごく「普通」の子が退廃(デカダン)と倦怠(アンニュイ)
  の中にいる状況が現代の状況ではないか
哲学者、思想家、文学者、芸術家たちが直面していた状況
・ニーチェの場合は「ニヒリズム」

3−2.展開2:ミーナが弱い(正当化できない)としても、弱さゆえに、
  直接的に時代状況を引き受けざるをえない側面がないか

●「何が」ミーナをああさせたか?
1.これからの読書会・授業を通して、人間の問題(ある種の普遍性)と
  現代社会の特性(ある種の特殊性)ゆえの、我々をとりまく
  現代日本の状況を学んでいく。
(例)
ニヒリズム的問題
共同体(公)の解体、個の孤立
中心の喪失
近代個人主義や自由(民主)主義の問題と限界
目標の自明性が失われた社会
成熟社会での終わりなき日常(宮台)
欲求の階層説(マズロー)
.....

2.さしあたって、最近とみに主張されている論調、すなわち、
・戦後の民主主義教育、個人主義教育の徹底が
  <私>の突出と<公>の喪失をもたらした
・従って、個を越える共同体の価値規範の再構築が必要
・曖昧になってしまっている、強い=「普通」の国家主権 の再確立と、その雛形である、(学校や家庭に於ける)教師や父親の強い父権 の再生とが必要
  という議論に、どこまで正当性があるのか検討することを通して、
  これを行う。
学校教育や家庭教育のあり方について述べた 4つの立場が異なるテキストの精読